第1章 眼鏡の下
駅に着いて、私達は少し肌寒い夜風が抜けるホームを歩いていた。
実は出会ったのもこの小さな駅で、二人ともここが最寄り駅なのだ。
「それでさ、さっき何て言ったの?」
ホットティーを飲み干してカップをゴミ箱に捨てた唯くんの背中に私は言ってみた。今更だけどやっぱり男の人だから、文化系でも背は高いし背中も大きい。このギャップがまた堪らないね。
「さっきは……」
あ、唯くんの視線が斜め下に行った。恥ずかしがってる時はこうなる事が多いんだよね。可愛いな。
「最近、あまり一緒に居られないからって……言おうとした」
ついに白状した唯くん。眼鏡の下の瞳はまだ地面ばかり見てる。
「そうだったんだ! もう、可愛いなー」
「あの、その可愛いって言うの……!」
顔を上げた唯くんの頬がほのかに赤い上に、何だか凄く必死になってるようで、永久保存版並みに愛しかったから、隠せない私はつい行動に出てしまった。
「ちょ……! 何考えてるんだよ、ここ駅……」
唇を手で覆いながら語尾が消えていくのもまた可愛い。
私はアールグレイの香りがまだ少し残る唯くんの残り香を堪能して満足だ。
「誰も居ないから平気だってば」
「晶さん、それでも大人?」
「え? やだなー」
何か今日は憎たらしいやら可愛いやらのどうしようもない唯くんだから、やっぱりいじめたくなっちゃうんだよね。
私はちょっと背伸びして唯くんの耳元で言った。
「大人である前にあなたの彼女だから」
「……晶、ずるい」
眼鏡の奥の瞳は少し困ったように細められてた。だけど、不意にそれが見えなくなって、唯くんが凄く近くなったから私は目を閉じた。
唇に温かいものを感じて、アールグレイの清々しい香りが広がる。暫くしてそっと去っていくその感覚が名残惜しくて、ゆっくり瞳を開ける。
「やっぱずるいよ、晶は」
そう言うと先を歩いて改札を通る唯くん。私もそれに続いて出ていく。