第1章 眼鏡の下
「ねえ、もしかしてまだ怒ってる?」
相変わらず唯くんは私の前をさっさと歩いていく。
さっきあんな事してくれたのに怒ってるなんて、やっぱり思春期って複雑だわ。
「さっきより怒ってます」
「え!? じゃあ何でキスなんかしたのよ。勘違いするじゃない」
「だからずるいって言ってるんじゃないですか」
学ランの袖を引っ張ったらやっと止まってくれた。駐輪場へ続く細い道は薄暗くて、私達以外に誰も居ない。
「何でそんなに怒ってるの?」
いつも仕事でドタキャンしたりして唯くんにばかり我慢させて来ちゃったからかな、とか内心薄々感じていた事が湧いてきた。でも、何だか悔しくて謝れなかった。
だって、子供みたいだけど、私も唯くんと会いたくても我慢してるんだもん。
「晶さん、ああやって優しくすれば俺の事なだめられると思ってますよね」
「そんな事……」
「俺、まだ高校生だけどそこまでガキじゃないですよ」
「私はただ、唯くんが可愛くて仕方なくて……」
すると唯くんは眉を寄せて眼鏡の向こうで厳しい目をする。
「その可愛いって言うのも、正直あまり嬉しくない。可愛いって言われれば言われるほど、晶さんが遠く感じる」
そして少し悲しそうな顔をして目を伏せた。
「晶さんが触ってくれたり、ああやって……キスしてくれると……凄く嬉しい。でも、その度に不安なんだ。晶さんにとって俺って……何なんだろうって」
私は自分が恥ずかしくなった。
唯くんは私の一挙一動からこんなに考えていて、会えなくなる度に不安を募らせてきたと言うのに、私は自分も辛いんだなんて独り善がりなことを堂々と思っていた。
私の方がガキじゃん。
「唯くん」
私は彼の綺麗な顔に、そっと手を伸ばした。そして静かに黒渕眼鏡を取る。
唯くんは少しぼやけた視点で私を見て、いったいどうしたのか訊きたそうな顔をしてる。
私は眼鏡をジャケットのポケットに引っ掻けた。そして両手で唯くんの頬を包む。