第1章 眼鏡の下
「やっぱりそっち」
唯くんが私からホットティーをさらって行った。そしてゆっくりそれを飲む。
彼の唇から漏れるアールグレイの爽やかな香りが、この儚げなのに気高いような少年を益々国宝級に見せるんだよね。堪らないな。
私も負けじと彼からアイスコーヒーをさらって来て、ストローを口に含んだ。それだけでも芳ばしく深い香りがする。
「はあ、おいしい」
私の言い方がアホ臭かったのかな、唯くんはにこりと笑った。
やっと笑ってくれたよ。これがまた、堪らないんだよね。
「やっと笑ってくれたね」
「だって、物凄く実感こもってたから面白くて」
「美味しいんだもん」
すると唯くんは何か言いたそうな目で私を見たけど、結局何も言わずにまた向こうのホームを眺めた。
その気恥ずかしそうな若干の上目遣いが言いたかったことは、私はなんとなく解ったんだな。だからやっぱり単刀直入に言っちゃう。
「間接キス?」
「え? ……うん」
ほんと、可愛いよね。図星突かれて顔真っ赤だよ。
「ごちそうさま」
「何かそれ、変態っぽいですよ」
「そもそも唯くんから私のコーヒー飲んだんだよ?」
唯くんはまたやや視線を下げた。
少しいじめちゃったかな。
「だって……」
唯くんが何か言ったのに、丁度ホームに入って来た電車のせいで聞こえなかった。
しかも私達が乗る電車だ。
「あ、電車来た」
立ち上がって行こうとする唯くんを、私は止めた。
「さっき何て言ったの?」
「電車行っちゃいますよ」
車両のドアが開いて、ホームの薄汚いアスファルトに光が長い四角を作る。それと同時に生暖かい空気が流れてきた。
「急がないと」
唯くんが急かすから、私は粘りたかったけど仕方なく電車に乗った。