第1章 眼鏡の下
唯くんはいつもホットティーなんだよね。レモンも砂糖もミルクも入れないやつ。ちょい渋い。
私はアイスコーヒー。二人ともテイクアウトで、次の電車を待つ間にホームのベンチで飲もうと言うことになってる。
「晶さん、いつもアイスだよね。寒くないの?」
ちょっと不機嫌そうに、階段を下りながら唯くんが言う。
「極度の猫舌なのよねー。熱いの苦手」
「ガキくさい」
「……つっかかりますなー、唯くんよ」
「……冗談です」
ホームに着いて、私達は人が居ないベンチに並んで腰かける。
「あのさ、ほんとごめんって。家まで送るよ」
「良いですよ、保護者じゃないんだから」
黒渕眼鏡の向こう側は、隣に座った私にはよく見えなかったな。
最後の特急電車が、私達の前をあっという間に通り過ぎて行った。そいつが巻き上げた風が、アイスコーヒーを握る私の手には意地悪く染みたんだな。
まだ春前の肌寒い季節だから、指と指が反射的にくっついた。
それに気付いたのか、唯くんが隣からホットティーを寄越す。
「これ、あったかいですよ」
「あ、ありがとう」
私はアイスコーヒーを誰も座っていない隣の席に置いて、引っ越してきたホットティーを両手で包む。
熱くなりすぎないようにはめられた厚紙越しに、ちょうど良い温度が伝わってくる。
すると不意に、唯くんが私の前に体を倒してベンチに置かれたアイスコーヒーを拾い上げた。
そしてストローから一口飲む。
「やっぱり苦い」
ぼそりと吐いた言葉が可愛くて、私はつい笑っちゃったよ。
「そんなにおかしい?」
あ、ちょっと琴線に触れた?
「おかしくないよ。ただ可愛いと思っただけ」
「可愛いって……」
唯くんはアイスコーヒーを持ったまま向こうのホームを眺めていた。
この子、高校生なのによく考えるんだよなー。
「それ、社会じゃ男への誉め言葉なんですか?」
「男の子への誉め言葉」
「……そうですか」
そう言うとまたコーヒーを三口くらい飲む。嫌いなはずなのに。
それで少し嫌そうな顔をして、また飲む。
私もホットティーを少しだけ飲んでみた。舌が痛い。
堪らず口を離すと、唯くんもストローから離脱したところだった。