第2章 宿題(黒尾)※
「…だったよな?わりぃけど数学のプリント写させてくんねーかな」
私が黒尾に初めて名前を呼ばれたのは、1年のGW明けだった。
「…もう提出したから無理」
嘘。本当はまだカバンの中。
読書中だった私は本から目を逸らしもせず、素っ気なく返事をした。
この時は私は奴をただの五月蝿い馬鹿だと誤解していた。
メリットも無いのに利用されてやる程、私は優しく可愛い女子高生では無い。
「へえ、プリント集めてたのオマエが毛嫌いしてるサッカー部の奴だったけど、そいつんとこまで提出しに行ったのかよ」
私だけに聞こえる様に、黒尾はいつもより低い声でそう言った。
ここでようやく私は顔を上げる。
奴は笑っていた。ニヤニヤと。
よく見てる。
ここで私は黒尾に対する評価を改めた。
ただの五月蝿い馬鹿なんかではない。
奴は…
「…いちごオレ。奢ってくれたらいいよ」
「…思った通り、オマエ食えない奴だな」
そう言ってニシシと黒尾が笑った。
食えない奴、それはそっちだろう。
カバンからクリアファイルに挟まったプリントを渋々出すと、すぐに長い腕でひょいと掻っ攫われた。
「オイお前ら!回答済みプリント手に入れたぞ!」
いつものトーンで黒尾が呼び掛けると、クラスで特に五月蝿い連中がそれに群がる。
「おいクロ、俺にも写させろ」
「女の子脅してプリント奪うとか黒尾くんサイテー」
「ちげぇよ!あ、ちょい待て俺が先に写すんだからな」
私は再び本に視線を戻す。
本を読んでる振りをするが、耳が勝手に黒尾の声を追う。
これはそう、単純な興味。
自分に言い聞かせた。