第10章 事象の地平線を歩く猫(轟焦凍)
ピンと立った三角の耳に細い黒目の大きな瞳、よく動く尻尾と俊敏な動作。
さんはどこからどう見ても猫だったし、彼女自身もハッキリと自らの"個性"は『猫』であると言っていた。
だからヒーロー基礎学の授業でペアを組んだとき、さんから耳打ちされた話に僕は混乱した。
『私、轟くんから見えていないし、私から干渉することもできないの。だから緑谷くん、悪いけど一人で轟くんを抑えてくれるかな?』
言われなければ気付かないような些細な違和感だったが、正面から対峙した轟くんの動きは精細を欠いていた。まるで本当にさんの姿が見えていないかの様だった。
見えない敵を警戒して生まれた轟くんの隙を付くことができたお陰で、僕らは障子・轟ペアに大金星を上げることができたのだが。
さんの"個性"への謎だけが釈然としないまま残った。
思い返してみると、轟くんとさんが話しているのを、僕は一度たりとも見た記憶がない。
念の為付け加えておくと、さんは耳と尻尾がある事以外は普通の女の子で、葉隠さんの様に透明になったりはしない。クラスのみんなとも普通に仲がいいから、僕だけに見えてるっていうのもないと思う。