第8章 万有引力と恋わずらい(相澤消太)
という女の存在が、絶対的合理主義を掲げる俺の日常に支障をきたしていた。
「あ、相澤せんせー、一緒にお茶しません?」
当たり前の様に校内の食堂に居座るが本来は雄英の関係者ではない。
が、しかし教員生徒総じて皆、コイツに甘い。とにかく甘い。
某有名大学で物理学の准教授をしてるらしく、雄英の卒業生(且つ教育関係者)ということで自由に出入りを許され、さらに理科の教科担当がに陶酔してる様で、教員免許も無しに教壇に立つ。いくら校長の一存とはいえ、こんな事がまかり通って良いものか。
「……遠慮する」
「まあまあ、そう言わずに」
踵を返し立ち去ろうとするが、それは叶わない。が個性で引き止めたのだ。…いや、正しくは引き寄せた、か。
「クソっ、!」
例えるなら巨大な掃除機…いや違う。これは高い場所から落ちていく時の感覚に近い。
俺は咄嗟に近くの自販機に捕縛用の布を巻き付け地面と平行になりながらそれに耐える。
「いい加減にしろ、個性の違法使用で警察に突き出すぞ」
大きな鉄の塊が傾き、想定外の向きへと掛けられた負荷に床の固定具がミシミシと軋む。
「じゃあ止めたら私とお茶してくれますよね?」
刹那、重力は正常な向きへ戻り、俺は地面に着地する。
「間違ってコーヒー買っちゃって、ホント困ってたんです。いやぁ助かります」
「俺はオマエの要求を飲むとは一言も言っていない」
「じゃあ要求は飲まなくていいんで、コーヒー飲んでくださいよ」
そう言って投げられたのはカフェオレの缶。落とす訳にもいかず、受け止める。
「オイ、なんだこれ」
ちなみに俺はブラック無糖派だ。
「こんな甘ったるいの俺は飲めねえぞ」
「奇遇ですね、私もそんな苦い液体は飲めないんですよ」
「何が奇遇だ」
コイツと喋ると埒が明かない。というか柔らかい壁に向かってボールを投げている様で、どんな言葉も受け流され、予想外の方向に跳ね返ってくる。
「相澤せんせーの他に頼める人いないんですよ」
ふにゃっと笑った顔を見せられると、心が妙にざわついて。
「……っ」
会話のボールを取りこぼした俺は大きな大きなため息を吐いて、の対面に腰掛けた。