第17章 歌を忘れたカナリヤ
『気になる? その雑誌』
『いやっ…そういうわけじゃないけど、』
それは
テレビで歌を歌ってる人たちがたくさん載っている雑誌だった
『いつもより上も下も少し低いわねぇ』
看護師さんが困ったように眉を下げる
『主治医の先生には報告しときますね?』
『はい、すみません…』
パタン、とドアの閉まる音がすると
目を合わせて
同じ様に僕達も眉を下げた
『最近ね、思う様にご飯が食べられないんだ』
お兄さんが
病室の窓から空を見上げた
『少しでもいいから…食べて…?』
『うん、ありがとう
智くんは優しいね』
目を細めて微笑むお兄さんに
胸が、キュッと締め付けられた
あぁ、僕もなんだか…
お兄さんの笑顔を見ると胸が苦しくなる
お兄さんのことを考えただけで…胸が熱くなる
この気持ちの名前を…僕はまだ知らない
『ねぇ、智くん』
『何…?』
『智くんは、大きくなったら何になりたい?』
『僕…?
僕は…パン屋さん!
パン屋さんになれば、好きなパンを好きなだけ食べられるから!
お兄さんにも、作ってあげるよ!』
『本当に?
嬉しいなぁ…』
『お兄さんは…?
何になりたいの?』
僕の質問に、お兄さんは一瞬驚いて
そしてほんの少し寂しそうに眉を下げて
“僕に将来があるのかはわからないけど
子供の頃から歌手になるのが夢だったんだ”
と言って
そして
“僕の身体がもっと健康だったらね”
と付け足して
テーブルに伏せてあった雑誌をパタン、と閉じた
『お兄さんならきっとなれるよ!
じゃあさ!
僕はパン屋さんになるから、お兄さんは歌手になって!
それで、僕のお店にお兄さんのサイン置いてよ!』
“約束だよ!”って
お兄さんの右手の小指に僕の小指を絡ませて
無理矢理ゆびきりげんまんをした