第21章 親と子
『そ、なこと…言、って……ま、た…っ』
「お前がして欲しくなるまでしない…そういう触れ方も……して欲しくなるまで、手は出さない」
『へ…ッ?…手…って、…』
「…蝶の合意が無いところで、俺は蝶を抱きはしない……無理矢理脱がせないし、キスもしない…神でも他の誰でもないお前に、今ここで誓う」
何を言い始めるんだ、この人は。
私の事を綺麗だって言ったり、穢くないって言ったり…そんな誓いを立てたりして。
『意、味が…分からな…』
「……とりあえず帰ろう…どこか、お前の落ち着ける場所に。…どこに行きたい?…どこに、帰りたい?」
『!……ど、こって………帰る場所、ない…どこにも、ない……こんな世界…ッ、の…どこに行けばい……ッ?』
床に出来た染み。
そこに落ちる水音を辿っていって、ハッとした。
ただ一つ分かるのは、私はこの人にこの表情をされるのが、心底嫌なのだということ。
私の胸を締め付けてやまないその人の顔。
……なんで?
泣いてるのは私なのに…なんで、もっと悲しくなるの?
「…どこでも、いい……嫌なら…どこでもいい。……俺はお前を縛り付けはしねぇから…どこの世界に飛んでくれても、構わねえから……ッ、お前の好きなところにいてくれ…お前の恐ろしくない場所で、笑っててくれ…っ」
『……や、だよ…なんで……、貴方が泣いて…』
「…泣いてねぇよ…泣いてんのはお前だろ…っ?……ほら、早く…せめて俺が言ってやれてる内に…怖い世界から逃げちまえ…ば……」
無意識だった。
とめどなく零れる彼の涙を指で掬って、彼の頬に手を添えていた。
嫌いじゃない、なにもかも。
綺麗な涙…綺麗な目。
綺麗な髪に綺麗な顔…綺麗な手。
…なんて綺麗な人なんだろう。
なんて、酷いことをしてしまったのだろう。
『………優しい人…』
「…お、前……そういうこと、するから…諦めつかなくなるって、なんで分からな…っ?」
『……わ、たし…穢、いの…全然綺麗じゃないの。……中也さんじゃない中也さんに…いっぱい、いっぱい…』
「………思い出すなそんな事」
『…中也、さん……ねえ…キス…しないの?…抱きしめて、くれないの…?……私、今、欲してるよ?』
酷い子だ、私。
「…ごめん……もう少し、だけ…待ってくれ…ごめん、な…っ」
『……ご、めん…なさい…』
怖がらせたのは私の方。
