第12章 夏の思い出
手際よく作られた梅付き卵粥。
これまでこんな事絶対になかったのに、少し目を輝かせるようにしてお皿を見る。
少し小さめの小皿に入れられたお粥に見入っているとレンゲを差し出され、それを受け取れば中也が私の向かいに座った。
『…いただきます』
「おう、食え食え」
レンゲに少しだけお粥を掬って、息を吹きかけて冷ましてから口に含む。
飲み込む手前でやはり少し抵抗感が生まれてしまったのだけれど、この人のご飯を食べないなんて事、私の中では許されない。
無理矢理喉の奥まで押し込んで、ごくりと通した。
ほのかに感じられた塩気が美味しかった。
美味しかったのだ。
けれど、やはり手が動かせない。
口をキュ、とつぐんで、どうしようどうしようと軽く頭がパニックになる。
美味しいけど、好きな味だけど…大好きな人が作ってくれたものだけど。
それでも手が進まない。
食べるといった行為そのものを、私の身体が拒んでる。
風邪の時って本当に嘘が吐きにくい、厄介極まりないなこの身体は。
「…一口自分から食ってくれただけでも進歩じゃねえか、頑張ったな。後は俺が食わせてやるから、レンゲこっちによこせ」
頑張ったなって言ってくれるこの人の言葉が胸に刺さる。
嬉しいのに、自分が情けなくてどうしようもない。
グ、と手を力ませ、意識をお皿だけに集中させて無理矢理手を動かす。
出来るだけ休む暇を与えないよう、ただ食べることだけに集中する。
「お、おい蝶…無理しなくても…」
ちょっと熱い、けどそんなものになんて構っていられない。
喉を食べ物が通るという少しの不快感に耐えながら、勢いだけで食べ続けた。
小さめの器に入っていたお粥は少しするとすぐにほとんど無くなってしまい、最後の一口だけはレンゲいっぱいに掬って、一気に口の中に入れてしまう。
量が多くて少しの苦しさに涙が滲んだものの、それを気にすることなく少しずつ飲み込んでいった。
中也に食べさせられながら泣くよりよっぽどいい。
カラン、とレンゲを置いてから、切れた息を整える。
「まさか風邪ひいてそんだけ食ってくれるとは思ってなかった……ありがとな。後梅干しだけ残ってっし、これだけ俺にさせてくんねえか?」
好きなものは残しておく主義の私を理解している中也の言葉に首を傾げる。
どうせ食べるのに、なんでだろう。
『食べ、る…よ……?』