第32章 『小人のくつや』~大野×二宮~
その紳士は、俺に向かって言った。
「朝早くすみません。私は貿易商をしている松本というものです。そこに飾ってある靴を譲っていただけませんか?」
その紳士は、オーダーらしいスーツを身にまとい、お洒落なハットを被った、濃ゆい顔をした男だった。
「はあ...」
「お願いします!金はいくらでも出しますから!」
「いや...いくらでもって言っても...」
まだ値段も決めてないし、松本と名乗る紳士の剣幕に押されてしまい、俺は後ずさった。
「じゃあ、これでどうですか?まだ足りませんか?」
紳士は、びっくりするくらいのお金を出して机に置いた。
「こんなにたくさん!?」
「じゃあ、いいんですね~?」
「あ...はい..」
「私は今まで、いろんな国を訪れましたが、こんな素敵な靴は、見たことがありません。
あなたは本当に腕のいい靴屋だ...」
興奮気味の紳士は、俺の手を握り、ぶんぶん振って笑った。
「いや、その...あの靴は..」
「またこの街に来たら、あなたの店に寄りますよ!」
松本と名乗った濃ゆい顔の紳士は、靴を買って行ってしまった。
......何だったんだろう~?
もっとあの靴を良く見たかったんだけど...
俺は仕方なく、紳士がくれた金で、靴二足分の皮と、
チョココロネと午後の〇茶『おいしい無糖』を買って来た。
そして、翌日に作るために皮を切って作業台に置いた。
「また、誰か作りに来てくれたりして...
んな訳ないか...俺って調子良過ぎだな...」
そして、早めに寝ることにした。
......その晩も、同じ夢を見た。
昨日の小人が二足分の皮を見てぶつぶつ言ってる夢だ。
「ったく...一回作ってやったら甘えやがって...
しょうがね~な~...こりゃ、徹夜だな...」