第76章 ヒソップ
そんなある日の朝。
「綾野!綾野っ…」
ロッカールームからフロアに出ると、野瀬がこけつまろびつ駆け寄ってきた。
「おふ…ど、どうしたの。野瀬…」
「ついにっ…ついにっ…」
「落ち着いて…」
咽そうになってるから、背中を叩いた。
「……同伴出勤してきた……」
なんだってぇぇぇ!?
興奮のあまり涙目になった野瀬が、フロアの隅っこを見た。
窓辺に櫻井課長と大野さんが佇んでる。
これから朝礼だから、もうスタンバっているんだろう。
でも…明らかに、雰囲気が変わっていた。
「やばい…なんかハートが見える…」
「だしょ…」
朝礼があって、その週の業務がスタートした。
席について事務処理をしていても、気になって気になって…
10時になると、大野さんがそそくさとフロアを出ていった。
なんか歩き方が変だった。
野瀬がちらりと私の方を見た。
うん。ヤッたな。ありゃ…
しかも、昨日だろ…
課長はなんかボケッとしていて気づいていなかったけど、暫くするといつものコーヒータイムに立った。
「いくよ…」
野瀬と二人で静かに給湯室に向かった。
入り口からそっと中を伺うと、居た。
大野さんに寄り添う、櫻井課長の背中が見えた。
「お願いだから、無理しないでよ…」
「だ、大丈夫ですっ…」
どうやら早退しろと言っているようだ。
「午後の外回りも代わるからさ…」
「だっ…だめですっ…」
「頼むよ…」
突然、櫻井課長が大野さんの耳元に顔を近づけた。
「(むぐっ…)」
「(ぐぐっ…)」
野瀬と二人で変な声が出そうになった。
後ろから誰か来ないか気にしながら、また給湯室に目を戻した。
「…ズルい…」
「ん?」
「そんな声…出すなんて…ああっ…もう、俺、ハシタナイっ…」
「あ?」
「こんなところで欲情しちゃうなんてっ…」
「ちょ、智?」
でたー!!智呼びっ…
確定です!確定です!神様!
野瀬と二人で歓喜に酔いしれた。
ちょっと大野さんの言ってることは聞き捨てならなかったけど、これ以上盗み聞きしたら悪いから、そっとその場を離れようとした。
でも、その瞬間…