第76章 ヒソップ
「…どう思う野瀬…」
いちごのミルフィーユを配り終わって、給湯室に戻るとあの二人の姿はなかった。
「…あれは…」
野瀬はちょっとぽわんとした顔をしている。
「リアルリーマンBLじゃね…」
「だよね…あのさ、あれ覚えてる?」
「ん?」
「大野さんが忌引明けて出勤してきた日…」
「あっ…」
飲み会などの誘いは断らないが、大野さんは自分から誰かを誘うなどということは一切なかった。
その大野さんが、自ら課長を「晩飯どうですか?」と誘った事件だ。
課内は騒然として、中には尾行しようとしたものまで居た。
私と野瀬はそれを全力で阻止したあと、カラオケボックスにしけこんで、妄想を思う存分語ったものだ。
その時は、まさか課長と大野さんが…って思ってたし、現実でそういう方々に会ったこともなかったから、妄想しただけで、その後の観察はしていなかったのだが…
「…もしかして…あの日、なんかあった…?」
「もしかしてちゅーでもしちゃったんじゃねえの!?」
そう言うと、野瀬はなんだか一人で悶えて照れている。
「ぐああっ…やべ!やべえ!あたし、ヤバイもんみた!」
「あああ…やっぱそうだよね…あれは、やばいわ…」
あの後、大野さんは櫻井課長に食って掛かるように腕を掴んで。
そしたら課長の手に持ってたカップからコーヒーが溢れてしまった。
大野さんは慌ててペーパータオルで拭いていたけど…
なんだか二人は、目を合わせると不自然に逸して…
「あれって、恋の始まりってやつじゃね?」
「野瀬もそう思う?」
「綾野もそう思う?」
だって、誰がどう見ても…
二人は気まずそうにしながらも、お互いのこと気になってしょうがないって感じだったし。
それに、ほっぺたが赤かった。
「これは…」
野瀬と私は目を合わせた。
そしてがっしりと握手を交わした。
「やっほーいっ!OLやってて良かったーーー!」
「こんなことあるわけ無いと思ってたけど…!生きててよかったーーーーー!」
ノンケが覚醒する瞬間など、絶対に見られない。
貴重なものを、我々は見てしまったのだ!