第76章 ヒソップ
邪な気分にならないよう、必死で因数分解の公式を思い出してると、ぐぐっと大野さんの腕に力が入って、身体が密着した。
まずい…こんなにくっついてたら俺…
「四十九日が過ぎたから…」
「は?え?」
「母の魂はもうこの世を去りました…」
「え…うん…」
今どき、そういうことを言う人はあまり居ないけど…
四十九日までは、死者の魂はこの世に留まると言われている。
「だから…俺…」
「うん…」
ふっと腕の力が緩んで、大野さんが顔を上げた。
メガネをしていない目がじっと俺を見た。
「もう、我慢しない…」
「え…?なにを…?」
大野さんの顔が近づいてきた。
思わず身体を離そうとしたら、がばっと抱きつかれた。
「…なんで…」
「え…?」
「あの日…なんで、キス…してくれたんですか…?」
大野さんの体温と、声が近くて。
思考が散り散りになる。
「それは…」
答えられずに居ると、大野さんが顔を上げた。
目がキラキラ光って…綺麗だと思った。
雨上がりの陽の光を反射した、水の雫のようで。
ずっと…ずっと見ていたい
「それは…その…」
どう言っていいのか、皆目わからない。
なのに大野さんの目は、まっすぐに俺を見ていて…