第76章 ヒソップ
「今日はお礼のつもりで誘ったんです」
「は?なんだよ…忌引で休んだからって気にすんなよ…」
「違いますっ」
大野さんも酒は強いほうなんだが、なんか少し酔っているようだ。
いつもより喋り方が幼い。
「母が…亡くなった日…」
「え…?」
「その…ハンカチ…」
「あ、ああ…」
「すいません…俺、ホントに…」
少しぶんっと頭を振ってから、ずいっと俺に顔を近づけてきた。
いきなりのドアップに心臓止まるかと思った。
「嬉しかったんです」
「う…?」
「だから、お礼…したかったんです」
あの日の眩しかった太陽の光
その光に反射する柔らかな茶色い髪
大野さんの体温とか
匂い
いっぺんに思い出して、体中の血が逆流しそうになった。
「そんなの…気にしなくていいのに…」
身体からなんか出ちゃうんじゃないかってくらい、沸騰しそうにドキドキして。
なのに、大野さんの顔から目が逸らせなかった。
喉が、カラカラ…
「もう…泣いてない…?」
「…え…?」
いきなり、何言ってんだろ
「もし、泣きたかったら…また、胸貸すよ」
なんかとんでもないこと言ってるだとはわかってるんだけど、大野さんの綺麗な漆黒の目を見ていたら、止まらなかった。