第76章 ヒソップ
中は4、5人入ればいっぱいな狭い空間で。
天井は蓋をしていなくて、開放感がある。
座っていたらそんなに壁の圧迫感はない。
ふたりなら、ちょうどいい距離感で話せる。
茶室みたいな狭い入り口を入ると、中に設えてある半円形のソファにどっかりと座った。
「隠れ家みたいですね」
「うん。この雰囲気好きでね…」
店員にとりあえずのビールを頼んで、メニューを広げた。
嬉々としてメニューを覗き込んでくる大野さんからは、ただただいい匂いがした。
頭がクラクラした…
以前は平気だったのに、職場を離れてしまうとふたりきりで何を話したらいいかわからなくなって、ごまかすように散々飲み食いをした。
「課長、よく飲みますねぇ…」
感心したように言われて、ちょっと照れた。
「大野さん、もっと飲みなよ…好きなもの頼んでよ。ここの払い、俺が出すから」
どうせ明日は休みだ。
もうちょっと付き合ってくれるだろうと思ってそう言った。
だが、大野さんは不満顔だ。
「な、なに…」
「だめです。俺が払いますからね」
「は?なんで?」
「だって俺が誘ったんですし」
「い、いや…俺だって誘いに乗ったんだし…払わせてよ…」
参ったな。
大野さんは一回言い出すと聞かないんだ…
「い…一応、上司だぞ!」
「もう職場じゃないですから~」
ガキみたいな返しをしてきた。