第76章 ヒソップ
次の週末、やっと大野さんが出社してきた。
「大変ご迷惑をおかけしました…」
そう言いながら、言葉を掛けてくる課員たちを躱すと、まっすぐに俺のデスクまで来た。
「おはようございます。課長」
「ああ…」
「ご迷惑をおかけしました」
「いいや。そんなこと気にしなくていいから」
「お陰様で、ちゃんと見送る事ができました…」
少し、痩せたんだろうか。
一層儚くなった輪郭のラインを、ぼんやりと眺めた。
朝の眩しい光が、メガネに反射して。
その奥の大野さん瞳は清浄な漆黒。
やっぱり美しくて…
肩を震わせて、俺の胸で泣いていた大野さんの香りを思い出して、赤面した。
「む、無理しないようにな…」
「はい」
休み明けだったから、その日は大野さんはずっと社内で。
溜まっていた書類なんかを整理して過ごしていた。
俺の方も本当は外出の予定もあったんだけど、急ぐものでもなかったから、チラチラと大野さんを見ながら、これまた書類整理なんかして過ごした。
まるで、男子中学生じゃないか…
そう思いながらも…ただ傍に居られる、その喜びを感じてしまって。
舞い上がるような心を抑えるのに必死で、どうにもならなかった。
こんなにも俺は、大野さんに惹かれてしまっている…