第76章 ヒソップ
そんな大野さんの気持ちが、痛いほど伝わってきて。
なんと言葉を掛けていいのか、わからなかった。
ただただ、抱きしめているしかできない。
看取る覚悟で帰国したのに、ここまで乱れるほど…
大野さんにとって、母親の存在は大きかったんだ。
「すい…ませ…ん…ごめん…なさい…」
泣きながら謝って。
俺にしがみついて…
「いいから…謝るな…」
どうにか謝るのを止めさせたくて。
ぎゅっと腕に力を入れた。
背中を擦ると、段々と泣き声は小さくなり。
やがて、鼻をすする音だけになった。
その頃には、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩いて。
大野さんの香りに酔っていた。
甘い…匂いがした。
「シャツ…ごめんなさい…」
腕の中でボソボソと言うのが聞こえた。
「気にすんな。クリーニング120円だ」
「…ふふ…」
そっと大野さんが身体を離すと、顔を上げた。
「ありがとうございました…」
さっきより、更に酷く腫れ上がった目をしていたけど、スッキリしてるようだった。
「必ず、連絡くれよ…」
プライベートの電話番号を教えていなかったから、名刺の裏に走り書きして、ワイシャツのポケットにねじ込んだ。