第76章 ヒソップ
大野さんの身体が小刻みに震えた。
「今…ここにいるのが…課長でよかった…」
「え…?」
そっと大野さんの目が閉じられて。
肩に手をかける俺の腕に、額を預けた。
「少しだけ…こうしていていいですか…?」
額の熱さが、長袖のワイシャツの薄い布越しに伝わってきて。
鼓動が一気に早くなった。
「…甘えてすいません…」
また涙声になって…
「いい…」
そっと、腕を外すと肩を抱き寄せた。
「こんなことでいいなら…いくらでも…」
大野さんの背中が小さく丸まって。
俺の腕の中に、自ら身体を預けてきた。
髪の香りと泣きはらした高い体温を感じた瞬間、もう我慢できなかった。
強引に身を乗り出すと、両腕で大野さんの身体を引き寄せた。
抱きしめると、大野さんは声を放って泣き出した。
俺のワイシャツがびしょびしょになるほど、大野さんは泣いた。
大野さんは、小さい頃母親が家に居た記憶がほとんどないそうだ。
母親とは、病院に入院しているものだと思っていたと。
寂しい幼少時代を過ごしているだけに、とても母親を大事にしていた。
それはもう、眩しいほどだった。
大野さんがアメリカに居た頃は、症状も安定していて。
院を出る時点で、帰国の選択肢もあったが、向こうで就職をした。
だけど、今回の帰国は…覚悟の要るものだったとも、大野さんは語っていた。