第76章 ヒソップ
「ありがとう…ございます…」
「うん…」
なんて顔していいのかわからなかった。
こんなときに不謹慎にときめいてしまう自分を嫌悪した。
「早く…行ってあげなよ」
「はい…」
「仕事のことは、ちゃんと俺がしておくから」
違う…こんなことが言いたいんじゃないのに。
「落ち着いたら、連絡ちょうだいよ。なにか手伝えたら…」
「課長…」
遮るように呼ばれて、また思わず大野さんを見てしまった。
今度は顔を上げていた。
紅潮した頬に、赤い唇
潤んだ目に前髪が掛かって、縋るように俺を見てる
メガネ越しではない瞳を初めて見た。
抱きしめたい
そう、強く思った。
慰めの言葉なんか、今のこの人には役に立たない。
だったら、ただ抱きしめて…
思う存分泣かせてやりたい。
でも、そんなことできるはずもない。
この人は立派な男で…俺なんかが触れていいような人じゃない。
なんとか心臓を落ち着かせると、大野さんの肩に手を乗せた。
「大野さん…」
言葉が続かなかった。
手のひらに大野さんの熱を感じながら、ただ見つめ合うしかなかった。
「ありがとう…ございます…」
震える声…
「課長でよかった…」