第76章 ヒソップ
強引だったか…
そう思ったけど、暫く黙っていたら堰を切ったように大野さんは泣き出した。
約束通り、泣き顔は見なかった。
なんとか病院を聞き出して、辿り着いた。
白亜の大きな病院だった。
暫く駐車場の隅で、大野さんが落ち着くのを待った。
「すいません…」
「いや…」
なんて言葉を掛けていいか…
俺の両親は健在だし、身内を亡くした経験もなかった。
だから、ハンカチを差し出すことしかできなかった。
無言の車内で、ひたすら大野さんの気配を感じているしかなかった。
「…ハンカチ…」
「え?」
突然の呟きに、思わず大野さんの方を見てしまった。
俯いてぎゅっとカバンを掴んでいる手には、俺のハンカチと銀縁のメガネが握られていた。
「洗ってお返しします…」
「あ、ああ…そんなの…」
顔を見ないって言ったのに、見てしまった罪悪感でハンドルを握りしめて前を見た。
「ずっと持ってていいから」
なんで…こんなことしか言えない。
こんなときに慰めるようなことも、俺には言えないのか。
「…ほんとに…?」
「あ、ああ…」
たまに敬語じゃなくなるときはあったが、それは大抵ふざけていたときで。
こんなときなのに、心臓が跳ね上がるかと思った。