第76章 ヒソップ
車内は物凄く高温になっていたから、社用車のエンジンを掛けてエアコンをLOに入れる。
「どうした!オイっ…」
呆然と前を向く大野さんは、やっと俺の顔を見た。
「母が…」
「え?お母さんがどうした…」
「亡くなりました…」
その日は、八王子にある得意先の東京本社に出向いていた。
大野さんのご実家は三鷹で、ちょうど社に戻る途中だった。
だから、遠慮する大野さんを乗せて、俺は三鷹に向かった。
途中で倒れそうなほど、真っ青な顔をしていたから。
部長に連絡を取って、大野さんのお母さんが亡くなったことと、大野さんが倒れそうなことを伝えて、帰り道だから送っていく許可は貰った。
だから、大野さんがいくら遠慮しても聞かないで、強引に俺は三鷹に向かっていた。
「課長…もう、下ろして下さい…」
「だめだよ…そんな真っ青な顔して」
「でも…」
「いいから。部長にも許可貰ってるから」
諦めたのか、無言になった。
でも、暫くしたら小さな嗚咽が聞こえてきて。
ポケットからハンカチを取り出した。
「泣いていい」
「え…」
「顔、見ないから」
「課長…」
「病院につくまで、思い切り泣いてしまえ」