第76章 ヒソップ
「いただきます」
「ああ」
ずずっと二人でコーヒーを啜った。
「美味しいです」
「良かった」
少し俺の方に顔を向けて、微笑んだ。
つられて俺も笑った。
なんだか、うまくやっていけそうな気がした。
「…へえ、釣りが趣味なんだ」
「ええ…日本に帰ってきてからは暇がありませんが…」
「そっか」
そう言えば家庭の事情って書いてあったな。
詳しく部長からは聞いてないんだが、確認しておかないと。
「大野さん。その…帰国した理由というのが家庭の事情だったと聞いているけど、詳しいことは聞いてないんだ。よかったら聞かせてくれないか」
「あ…はい…」
少し黙ると、コーヒーを一口飲んだ。
「…母が、入院しておりまして…」
「ご病気なんだ」
「はい。姉が一人いますが、遠方に嫁に行っておりまして…父もまだ勤めていますから、看病の手が足りないんです」
「重いの…?病気」
「そうですね。ちょっと心臓が…」
大野さんのご母堂は、昔から心臓が弱く入退院を繰り返していたそうだが、現在は長期の入院加療になっているとのことだ。
「父がメインで看病していますから、なるべくこちらには迷惑は掛けないようにしますが…」