第76章 ヒソップ
「大野智ね…一個上か。幹部候補生だな…」
もう最初から出世街道に乗っかってるってわけだ。
「俺で大丈夫かな…」
とは言っても、俺もここでは十分期待されている社員だと思ってる。
マーケティング部は、この会社では一番重要な部署で。
営業部よりも地位が高い。
コマーシャルなどの宣伝広告は一切打たないで、他にはない製品をマーケティングの結果で生産し、ニーズに合った製品だけを狙って売り込むという手法なのだ。
営業利益率は常に国内トップクラスだ。
一般の人には知られていないが、知る人ぞ知る企業なのだ。
そんな会社の花形部署の課長なのだから、出世街道は明るいと思ってる。
昼飯が終わってオフィスに戻ると、ミーティングルームに明かりが灯っていた。
「あ、もう来てるのかな」
大型新人のツラを拝もうと、少し開いているドアの隙間から中を伺い見た。
ずいぶん細身の男だ。
ネイビーのスーツに身を包んで、ミーティングルームから外を眺めている後ろ姿が見えた。
少し長めの髪は嫌味にならないくらいの茶髪で、柔らかい陽の光を反射していた。
不意に、男が振り返った。
端正な顔立ち…
なんだか知らないけど、とても清らかに見えた。