第76章 ヒソップ
その人は、清らかで美しかった───
「櫻井」
「はい」
部長に呼ばれ振り返ると、デスクに手招きされた。
立ち上がると、すぐに向かう。
「なんでしょう」
「今日から、新しいのが入るが…」
「例の、中途の人ですか?」
「ああ。予定通りおまえにつけるから」
「わかりました」
「午前は、トレセン(研修センター)に寄ってくるそうだから、午後になる」
「あ、はい。スケジュールは空いてます」
「詳しい経歴だ」
そう言うと、封筒を渡してくれた。
「大型新人だ。頼んだぞ」
西新宿のオフィス街のビル群の一角。
俺の勤める会社は、自動制御機器を製造販売する会社で。
新卒から足掛け15年以上。
俺はマーケティング部の課長という役職になっていた。
中途採用はあまりしない会社なのだが、アメリカ帰りの優秀な奴とかで、採用が決まったらしい。
8月から一ヶ月の研修に入っていて、やっと今日終わるというのだ。
「ヒエ…マジモンのエリートだわ…」
部長から手渡された書類にはびっちりと彼の経歴が書かれていた。
日本の高校卒業後、アメリカの大学に進学し、そのまま院で学び、アメリカの総合商社に就職。
家庭の事情により、日本に帰国したということだ。
簡単に言うと、そんな経歴の持ち主だから、課長である俺に教育係が回ってきたってわけだ。