第69章 海鳴り~父、あけぼの荘に帰還す。
「大野くんは…奥さんは?」
「えっ…」
素っ頓狂な声を出すと、真っ赤になって翔を見た。
翔も真っ赤になって大野を見ている。
「……?」
「ま、まだ結婚は…」
「そうなのか?彼女はいないのか?こんな田舎じゃ、結婚相手なんぞ見つからんだろう」
「い、いえ、その…」
もじもじと二人で黙り込んでしまって、話が進まない。
「あっ…ち、ちびたち迎えに行ってくる!」
「あっ…そうだね!もう幼稚園終わっちゃう!よろしく!智くん!」
なんて話を切り上げて、大野はさっさと食堂を出ていった。
「なんだ…?」
「お、お父さん、お風呂でも入る?」
「何でこんな昼間に入るんだ」
「あ~じゃあ、お父さんの部屋準備してくる…」
俺は滅多にここには帰ってこないが、夫婦の部屋だった場所はずっとそのままにしてある。
「いや、ベッドのシーツくらい自分で準備するからいい」
そういうと、翔は居心地悪そうに座り直した。
「なんだ。さっきから…なにかあるのか?」
「うっ…ううん!なんでもないっ…」
小さな頃からこういうところは変わっていない。
これは、隠し事をしている時のキョドり方だ。
「お父さんに何を隠している」
ぎくっと翔は俺を見上げた。