第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
突き抜けるような青空。
眩しい陽の光を反射する海面。
白い鳥が飛んでいる。
あの頃と、なんにも変わらない風景。
翔が車に朽葉の荷物を積み込んでくれた。
「さあ、行こうか…」
防寒着を着せてもこもこになった朽葉の身体を抱いて、後部座席に寝かせた。
「智…櫻井さん、朽葉をよろしくお願いします…」
そう言って達也さんと正広さんは頭を下げた。
「落ち着き先が決まったら、連絡するね…もうちょっと朽葉が回復したら、ニューヨークに連れて行くから…」
「わかった。これ…」
正広さんが書類の入った薄い半透明のケースを差し出した。
「ここに、朽葉のパスポートとか…色々入ってるから…」
「わかった。ありがとう」
「本当に…ありがとね…蒼乱…」
「ううん…正広さん、達也さん…連絡くれてありがとう…」
二人に頭を下げると、車に乗り込んだ。
「じゃ、出すよ」
後ろを振り返って翔は微笑んだ。
俺は朽葉を抱きしめると、頷いた。
「ありがとう…翔…」
「いいんだ…俺も雅紀に恩返しができたよ…」
ここは、遊郭…
男たちが浮世の憂さを忘れる場所
「俺たちは…忘れないよ…?」
欲と金に塗れた場所だったけど
俺にとっては海の底の綿津見の宮で
「ちゃあんと…朽葉の面倒は見るからね…」
俺たちを結びつけてくれた雅紀の眠る場所
「ありがとう…雅紀…」
腕の中の朽葉が身じろぎした。
「うーん…暑いよぉ…」
くすっと笑うと、翔は少しパワーウィンドウを下げてくれた。
海風が、優しく俺達の間を吹き抜けていった
【傾城屋わたつみ楼-常磐色- おわり】