第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
「ごめんな…無理言って…」
真っ赤な目をした正広さんは、疲れ切っていた。
「ううん…いいんだ…俺にはこんなことしかできないから…」
「わざわざニューヨークから来てもらって…申し訳ないです…」
正広さんは、また翔に頭を下げた。
「いえ、いいんですよ…智がどうしてもお別れしたいっていうし…俺も、ここにはお世話になったから…」
「中に達也さんと居るから…見てやって…?」
また正広さんの大きな目から涙がはらはらと溢れていった。
「もう、俺には見てられなくて…」
山吹の間の戸を、正広さんが開けた。
中はしんとしていて。
物音一つ聞こえない。
居間の戸を開けて中に入る。
ここには誰もいない。
優しい黄色の部屋は、主の居ないまま…ただ優しく俺たちを包んだ。
奥の間の戸が少しだけ開いていた。
「朽葉…?入るよ…」
戸を引いて入ると、そこにも誰もいない。
がらんとした室内には、何も置いていなかった。
「智…」
「うん…」
奥にある押し入れの戸をそっと開いた。
「眩しい…」
中から聞き覚えのある声が聞こえた。
「達也さん…」
「蒼乱…!」
眩しそうに俺を見上げる顔は、げっそりと窶れていた。