第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
「正広さん…雅紀のお骨は…?」
「……ご家族がね、すぐに来てご遺体を引き取っていったんだ…だから、ここにはないんだ…」
だからせめてと位牌だけは達也さんが作ったそうだ。
「紫蘭ちゃんの家族は…?」
「誰も…引き取りに来なかった…」
「…そう…」
翔が俺の肩に手を置いた。
「手を合わせよう…?智…」
スーツの懐から数珠を出して手渡してくれた。
「ありがとう…翔…」
どうしても落ちなかった油絵の具の付いたままの手を合わせた。
考えても考えても…俺にはこの現実が現実に思えなくて。
二階に上がったら、あの頃のように紫蘭ちゃんが居て…あの華やかな笑顔を浮かべてくれるような気がして…
雅紀が影のある笑顔を浮かべながら、蒼の間の戸を開けて”お疲れ様”ってあったかい声で言ってくれるような気がして…
手を合わせる後ろで、正広さんのくぐもった泣き声が聞こえた。
目を開けて顔を上げても、それが現実とは思えなかった。
正広さんに案内されて二階に上がった。
「俺も行っていいの…?」
「うん…翔も一緒に…お願い」
「わかった…」
俺の肩に腕を回してぎゅっと抱いてくれた。
「一緒に行こう」