第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
久しぶりに訪れたわたつみ楼は静かだった。
海辺にただ、黙って佇んでいる盲(めしい)のようだった。
「智…」
「うん…行こう…」
そっと、正面にある大玄関の戸を開けると中に入った。
線香の香りが濃く漂ってくる。
「蒼乱…」
正広さんが、帳場から顔を出した。
「正広さん…お久しぶりです」
「懐かしいな…」
少し涙目になったのをごまかすように笑うと、後ろにいる翔に頭を下げた。
「あの節は、蒼乱がお世話になりました」
「いえ…そんな…」
すぐに奥の座敷に案内してくれた。
「もうね。畳むらしいよ…ここ…」
「そう…」
「俺は、達也が別んとこで職見つけてくれたけど…」
その後は、黙り込んでしまった。
茶屋代わりに使っていた一階の座敷には、祭壇が設えてあった。
そこには二つの位牌が並んで置いてある。
そして骨箱が一つ。
「紫蘭ちゃん…」
思わずその箱を覆う白い布に触れた。
「どうして…どうしてこんなことに…」
紫蘭ちゃんは弱い子だった。
それがこれまでこの世界で生きていられたのは、あの子の細いプライドだったのか…
客に乱暴された紫蘭ちゃんは壊れてしまった…
いや…それだけだったんだろうか…
そんなことで、紫蘭ちゃんは…