第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
紫蘭の眠る紫の間を通り過ぎて、一番奥の常磐の間に朽葉を連れて行った。
暫く自分の部屋にも帰っていなかったから、なんとなくほっとした。
奥の間の敷きっぱなしだった布団に朽葉を横たえると、羽織と着物を脱いでそのまま布団に入った。
「眠ったら、おまえの部屋に運んでやるよ」
「ん…」
掛け布団と毛布を被って朽葉の身体を抱き寄せた。
朽葉も俺の腰に腕を回すとぎゅっと抱きついてくる。
「…雅紀…」
「ん…?」
「紫蘭ちゃんを抱いたの…?」
凄くストレートだけど、その声は小さくて震えてて…
「ああ…」
俺の声も、少し震えた
紫蘭は本当に何も喋らなくなって、ご飯も喉を通らない。
ただ、俺が胸に抱いて眠るときだけは、きつくしがみついて離れない。
やっぱりあの夜のことは、深く紫蘭の心を傷つけていて…
夜中に一人で涙を流しながら魘されていることもあった。
揺り起こして悪夢から目覚めると、必ずと言っていいほど吐いて…
繊細だと思っては居たけど、いつも気丈に振る舞っていたからここまでなるとは、誰も思っていなかった。
正広さんから、紫蘭を精神科に連れて行こうかという話が出てくるほどだった。