第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
「もう大丈夫だからな。あいつは二度とここに来ないから」
一瞬、びくりと紫蘭の身体に力が入った。
子供みたいな顔で俺を見上げると、やっと安心したようにこくりと頷いた。
その様子が、本当に儚げで壊れてしまいそうで…
「…雅紀…」
達也さんが俺の顔を見た。
「しばらく、紫蘭についててやんな。おまえも暫く休んでいいから…」
それから、紫蘭の身体の傷は癒えていったけど、だんだんと紫蘭は喋らなくなっていった。
ただ、俺に抱きついてぼんやりと過ごしている時間が長くなる。
裏方の仕事をしながらも、紫蘭の傍を長い時間離れていることが難しくなってきた。
表の仕事は完全に正広さんに任せて、俺は出来る限りの時間を紫蘭と過ごした。
その間、朽葉は紫蘭の分まで頑張っていたけど、やっぱり人数が足りなくて…
朽葉が抜けた後、おいらんに格上げになる座敷持ちの子を、急遽おいらん扱いにすることになった。
その準備で暫くバタバタしていた。
だから、朽葉の言った言葉の意味を…
俺は考えることができなかった。
「だいぶ、良くなったね」
朝方、戸締まりが終わって二階に戻ろうとしたら、朽葉が大階段に座っていた。