第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
「わかりました…また、連れてきます…」
紫蘭の裂傷は血がたくさん出ていたけど、そんなに酷いものじゃなかった。
注入の薬を貰って、病院を後にした。
俺のほうは…どうだったかな。
何言われたんだろ。
痛み止めと湿布を貰って終わった。
「さ、帰るぞ」
「うん…」
車に乗り込んでエンジンを掛けると、紫蘭はそっと俺の頬に触れた。
「ありがとう…雅紀…」
「いいよ。礼なんか言うな」
海沿いの道に出ると、今日は天気が良かったから眺めが最高に良かった。
「今日は、空も海も綺麗だね…」
「ああ…」
「久しぶりにこんな近くで海を見た」
「…そっか。じゃ、ちょっと休んでくか」
パーキングエリアに車を入れて、暫くそのまま海と空を眺めた。
スカイブルーが突き抜けた空はどこまでも高くて。
キラキラ太陽を反射した海は、眩しい。
「蒼乱さん元気かな…」
「ああ…今頃、海外じゃねえか…?」
「え?そうなの?」
「最後の日、そういう話してた…櫻井さんが、絵を描きたいなら海外に行こうって…」
「そっかぁ…」
蒼乱と櫻井さんの真剣な恋物語は、本当に珍しいもので…
わたつみ楼では、もう伝説になっていた。
当時、蒼乱と一番親しくしていたのは、朽葉と紫蘭だった。
だから、他の子には言えないようなことも紫蘭には言えた。