第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
その頃から…俺と朽葉の関係は始まった。
泣くんだ…
なんにも言わないで、俺の腕の中で…
慰め方なんて知らなかった俺は、朽葉を抱くしかなかった。
添い寝なんて、いろんな奴にしてたし、泣き出す奴だっていた。
だけど、朽葉はただ口を引き結んで…
黙って泣く。
何を呪うわけでもなく。
自分を可哀想がるわけでもなく。
ただ、抗えない自分の運命に唇を噛み締めてたんだ。
そのうち、朽葉が自分を嫌っていることも。
自分を好きになれず苦しんでることにも気づいて…
俺は、自分を見ているようで朽葉を突き放すことができなかった。
「もしもどうしても俺に外に出てほしいんなら…」
またぎゅっと袖で涙を拭くと、まっすぐに朽葉は俺を見た。
「雅紀と一緒に行く」
「朽葉…」
「俺は雅紀が好きだよ」
赤く潤んだ目が、必死で。
拒絶されたら、こいつ生きていけないんじゃないかって…
「自由にしてあげる」
「え…?」
乖離して行きそうだった意識が、凄い勢いで戻ってきた。
「雅紀を…俺が自由にしてあげる…だから、一緒に行こう?」
「朽葉…?」
「縛られてるのは、雅紀だよ。捨てられないのは雅紀だよ」
「何言ってんだよ…」
静かに俺に歩み寄ると、しっかりと俺の顔を両手で掴んだ。
「俺は、死なない。だから雅紀を自由にしてあげられる」