第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
「だめだ。そんなの認めない」
「なんで?雅紀も正広さんも、ここに残ったじゃん!」
「俺たちは…事情があったんだ。おまえは家族が待ってるじゃねえか…」
「あんな人達…俺のこと、金づるとしか思ってないよ」
「何言ってんだよっ!家族のためにおまえは身体売ったんだろ!?」
掴んでいた手を振り払われた。
「知ってるだろ…?俺の借金、上乗せされたの…」
涙をいっぱい溜めた目で俺を睨んだ。
「そのせいで、年季明けるの遅れたの、よく知ってるだろ!?」
ぐいっと襦袢の袖で涙を拭いた。
「俺は覚えてる…雅紀が年季明けてもう娑婆に戻らないって決めたけど…弟さんが迎えに来てたの…」
またごしっと目を擦る。
「俺には…あんな家族、居ない」
「朽葉…」
「戻るところがあったのに…戻らなかったのは雅紀だろ…?」
「それは…」
「俺には…戻る場所なんてないんだ…」
三年前…蒼乱の年季が明けようというとき、同時に朽葉も年季が明けようとしていた。
朽葉はここにいる他の誰よりも、お職になるのが早かった。
行儀見習で入って、部屋子から座敷持ちになるのに二年。
更にそこからたった一年でおいらんになった。