第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
常磐の間の前で、朽葉は俺の頬に触れた。
「…痛い…?」
「痛くないように見える?」
「だよねえ…」
ちらりと襖が開いたままの部屋の中を覗き込む。
「紫蘭ちゃん、大丈夫?」
「…ああ…」
「酷いこと、されたの?」
「まあな。暫く休みだ」
「えっ…」
「だから今晩から、紫蘭の部屋子はおまえに着けるから。頼むな?」
「わかった…」
朽葉の手が頬から離れていく。
「…雅紀も、休み?」
「まあな…こんな顔じゃ客前には出られないからな…正広さんが代わりに表でるから、裏方だな」
「そっか…」
寂しそうな顔をして、きゅっと俺の手を握る。
「ねえ…雅紀…」
「ん…?」
「俺ね、考えたんだ…」
「なんだよ」
「今月いっぱいで、精算終わるってこのまえ達也さんから言われた」
「うん。めでたいじゃねえか…」
「俺ここに、残る」
「え?」
「ここに残って、ここで働く」
「何言ってんだっ…!」
慌てて常磐の間に朽葉を引きずり込もうとしたが、奥の間で紫蘭が寝ているのを思い出した。
しょうがないから隣の空き部屋に入った。
「何言ってるのかわかってんのか!?」
「わかってる…」
左頬が痛くなってきたが、そんなのに構ってられなかった。