第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
正広さんと二人で二階に戻ると、山吹の間から朽葉が顔を出した。
「…どうしたの…?」
朽葉の客は寝ているのか、小さな声だった。
「なんでもない。寝てろ」
正広さんが言うと、朽葉は俺の顔を見た。
「紫蘭の客が暴れたんだ…もう押さえたから。大丈夫」
「そっか…」
心配げな顔をしている朽葉の頭を撫でてやる。
「雅紀…顔…」
「え?」
朽葉の手が伸びてきて、俺の口の端を拭っていった。
「血、出てる…」
「ああ…」
興奮してたから気づかなかった。
左頬がそう言えば熱っぽい。
「大したことない。いいから、戻ってろ」
「うん…」
まだ心配そうな顔をしてたけど、朽葉は戻っていった。
紫蘭は空いている予備の部屋に匿われていた。
「もう安心しろ。あの客はもう居ないよ」
電気もつけずに部屋子にしがみつきながら、まだ紫蘭は震えていた。
「こりゃ、暫く休ませたほうがいいな…」
正広さんがため息を付いた。
「雅紀、面倒見てやってくれ」
「わかった」
「…おまえも顔、腫れてるじゃねえか…」
盛大にため息をつくと、正広さんはふうっと前髪を吹き上げた。
「おまえも顔の腫れが引くまで、客前に出るなよ?」