第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
「酷い…雅紀…酷いよ…」
「朽葉。ここは遊郭だよ…?」
「……」
「嘘で固めた世界じゃねえか…何、逆上せてんだよ」
親指で、朽葉の頬に流れる涙を拭った。
「おまえは、ここから出たらおまえの世界に戻るんだ」
「嫌っ…」
「怖い気持ちはわかる。だけどな…借金を返し終わったら、おまえはここにゃ居られないんだよ?」
「だからっ…雅紀、一緒にここを出よう?」
「……俺は、ここから出られない…」
「…なんで…?」
ふっと笑うと、もう一度唇の血を拭った。
「俺は、娑婆じゃもう生きていけないよ…わかるだろ…?」
驚いたように目を見開くと、朽葉は泣き崩れた。
「ちがう…ちがう…ちがう雅紀…」
「知ってるだろ…?朽葉…」
「知らないもん…しらないっ…」
縋るように俺の肌着の袖を掴む。
「雅紀はっ…俺と一緒にここを出るんだっ…」
「朽葉…だめだよ」
「…俺は…諦めない…」
「やめるんだ」
「蒼乱さんと櫻井さんみたいにっ…俺たちだって幸せになれるっ…」
叫ぶように言うと部屋を飛び出していった。
暫く動くことができなかった。
朽葉…
そんなこと考えてたのか…
でもな、あの二人は特別だったんだよ
それがわからないおまえじゃないだろう…?