第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
そっと紫蘭は俺の胸に顔を埋めた。
「眠れそう?」
「…多分…」
「眠れなかったら言えよ?」
「だって…どうすんだよ…」
「俺、おまえが寝てる間、起きとくよ」
「なっ…何言ってんだよ!そんなことしたら雅紀が…」
「いいって…気にすんな…」
そっと洗いざらした髪を撫でた。
「…ゆっくり寝な…」
「うん…ありがと…」
しばらくもぞもぞしてたけど。
疲れていたのか、こてんと紫蘭は寝てしまった。
身体があったかい。
いつの間にか紫蘭の髪に顔を埋めて俺も寝てしまった。
昼過ぎに起きたら、紫蘭はもう起きていた。
「…おはよ…」
「おはよ…」
ぐしゃっと俺の肌着に顔を埋めてしがみついてきた。
「どした…?」
「なんでもない…」
ふんわりと紫蘭のいつも付けている香水の匂いがしてる。
しがみついてる身体に腕を廻すと、背中を擦ってやった。
「どうしたんだよ…甘えて…」
何も答えないで、紫蘭はそのまま胸に顔を埋めていた。
「なんでも…ないよ…?」
そうぽつりと呟くと、俺を見上げた。
「紫蘭…?」
紫蘭の顔が近づいてきて、そして唇が重なった。
「し…」
咄嗟のことで動くことができなかった。
気がついたら、俺は一人で布団の中に居て。
紫蘭はもう居なかった。
「…参ったな…」
まだ紫蘭が入ってきたばかりの頃…
慣れない世界に泣いている紫蘭を何度か部屋に泊めたことはある。
でもちゃんと商売を覚えて部屋子になった頃には、もう俺に頼ってくることもなかったのに。