第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
「…おまえは…男を惑わせるんだ…」
諦めたように脱力すると、達也さんは俺の腕を離した。
「そんなこと…」
「今だって…何考えてた?」
「え…」
「そうやって…おまえは…知らないうちにいろんな男の気持ちを掻き乱していくんだ…」
静かに椅子にかかっていたジャケットを掴むと、達也さんは帳場を後にした。
「なに…言ってんだろ…」
その日の朝も、いつもどおり無事に迎えることができた。
客は朝になると粛々と帰っていく。
客同士がバッティングしないよう、気を使いながら捌いて。
全員見送る頃にはすっかりと朝日が辺りを覆っていた。
「さあ、後片付けだ」
部屋子や従業員に指示を出しながら片付けをすすめる。
その間に二階の子たちは、入浴なんかを済ませて身支度を整える。
全てが終わったら、やっとわたつみ楼の夜が来る。
「おやすみ」
「おやすみなさい…」
口々に言いながら、それぞれの部屋に引き取っていく。
「雅紀…」
大玄関の戸締まりをしていると、声が聞こえた。
振り返るとそこには薄い紫の襦袢を纏った紫蘭が立っていた。
「なんだよ」
「今日、添い寝して?」
「え…?何言ってんだ?」
「いいから…部屋に行くからね」