第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
最後だからと、あいつが来た夜…
俺は知らないうちに睡眠薬を飲まされて、深い眠りに落ち込んだ。
酒も入っていたし、とても深く眠っていたんだと思う。
右腕の猛烈な痛みで目が覚めた
いつの間にか、そこは車の中で
俺は誘拐されていた
朝日が滲む中、俺は車のシートの上で血まみれになっていた
あいつは…俺の隣で…
頸動脈を掻き切って、死んでいた
俺の右手は…美容師として役に立たなくなっていた。
「違う…達也さん、朽葉は違うんだ…」
「何処が違うんだ…なあ、雅紀…」
「違う…違うよ…朽葉は…」
またぐいっと腕を引かれた。
「またあんなことになったらどうするんだ」
朽葉が俺と無理心中するとでも言いたいのか。
反論しようとした俺の顎を、達也さんが掴んだ。
「おまえはわかってない…おまえは…」
達也さんの顔が近づいてきた。
…そういえば…あいつの死体、どうしたんだろう…
あの時、達也さんが必死に動いてくれて、事件にはならなかったのは覚えてる。
「なに、考えてる…」
唇が重なる寸前、達也さんが呻くように言った。
「…なにも…?」
見つめ返すと、達也さんはゆっくりと俺から離れていった。