第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
話し合いが一段落すると、正広さんは自分の部屋に引き上げていった。
昼間の仕事が多いから、急いで寝ないといけないんだ。
俺はこれから帳場で店番をする。
帳場のデスクに座っていると、達也さんがそっと俺の後ろに立った。
「雅紀…」
「はい」
見上げると、少しだけ憂いを帯びた目で俺を見てる。
「朽葉のこと、好きなのか…?」
いきなり核心を突かれたようで、何も答えられない。
ぐいっと腕を引かれると、袖が捲れ上がって肘が丸出しになった。
「やっ…」
慌てて手を振り払う。
「忘れたのか…おめえは…」
「違う…忘れてなんか…」
右肘の内側に、大きな傷跡がある―――
…常磐と呼ばれた昔…
まだ小学生だった弟が起こした事故が元で、途方もない賠償金を払うことになってしまった親を助けるため、ここに身を売った。
大抵の奴がそうであるように、俺はここで十年近く勤めた。
最終的にはお職にまでなって、借金の返済は少しだけ早まった。
その年季が開けるという年に…
長年通いつめていた客に、身請けの話を持ちかけられた。
でも俺はそれを断った。
だってもうすぐ借金も完済できるし。
なにより俺は美容師に戻りたかった。
もうすぐ娑婆に出られると思って…
俺はわかってなかったんだ。
あいつが、どんなこと考えてたのか