第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
正広さんは俺よりも先輩のお職だった。
俺と同じで、借金を返し終わってもここに残って働いている。
帰るところなんか、とっくになくなっているから。
借金を返し終わった頃…正広さんの家族は更に背負った借金で首が回らなくなって、一家心中してしまっていた。
途方にくれていた正広さんに、達也さんがここに残って働かないかと声を掛けたんだ。
今は達也さんが居ない時に、オーナーの代理みたいなことをしてる。
帳簿関係も正広さんが一手に引き受けてる形だ。
「こいつまーた朽葉と寝たらしいよ?」
くりっとした目をぎょろりと向けた。
若い頃は本当に女性と見まごうくらい可愛かったという話で。
俺がここに入った頃には可愛さは抜けて、本当に綺麗なおいらんだったけど。
今は四十路半ばで男臭さも出てきたし老けてきたけど、それでも同じ年の男に比べたらやはり華やいで見える。
「…雅紀…」
「店の子に手を出すなんて信用できるかって」
「まあ、正広…」
達也さんは窘めるように言うと、正広さんをのれんの奥に押しやった。
「雅紀、後で」
「…はい…」
俺の半襟に手を掛けると、少し笑って見せた。
しゅるりと襟に手を滑らせてのれんの奥に消えていった。
「参ったな…」
まさか、正広さんにまでバレてるとは…
最近、遣り手婆みたいになってきたもんな…
おっさん臭いというよりは、おばさんくさい。
「壁に耳あり、障子に目あり…」
もしかしてあんな小柄だから、押入れにでも入って見てたんだろうか…
「おおこわ…」