第68章 傾城屋わたつみ楼-常磐色-
「…あいつにとって俺は…蜘蛛の糸なんだ…」
地獄に伸びてきた、たったひとつの救い…
「蜘蛛の糸…?って芥川の?」
「ああ…」
「掴んだら、切れて落ちちゃうじゃん…」
「…だから、掴ませねえんだろ?」
襦袢の上に掛けたケープに皺が寄っていたから、さっと肩を撫でて直した。
「…雅紀って酷いんだね」
「なんでだよ」
「朽葉は本当に雅紀に惚れてるよ」
「…んなわけねえだろ…あいつはストレートだぞ?」
そうだよ…
ここに来る子たちの殆どは、のっぴきならない事情で身体を売ることになった普通の男だ。
元々のゲイは滅多にいない。
借金がでかすぎて、どうにもならなくなった男がここには流れ着くんだ。
「もしそんなこと思ってたとしても…一時の気の迷いだよ」
じっと探るように紫蘭は俺を観る。
鏡越しの視線に、思わず目を逸した。
「雅紀は…自分のことわかってなさすぎだよ…」
そのまま無言で紫蘭の髪を結い上げた。
「…さ、頭できたぞ。朽葉、そろそろ起こさなきゃな…」
紫蘭の部屋子に朽葉を呼んでくるよう声を掛けようとしたら遮られた。
「もういい、後は自分でやる」
「え?紫蘭?」
ツンと横を向くと、しゃなりと立ち上がって紫蘭は部屋を出ていった。
「おい!メイク…」
「自分でする!」
部屋子たちが慌てて紫蘭の後を追うのを呆然と見送った。