第63章 reflection -fromあなた-
「えっ…あっ…お、俺、櫻井…」
俺も、普段ならこんなことしないのに、思わず名前を言ってしまっていた。
後から智くんに聞いたら、絶対コイツまた階段から落ちそうで放っておけなかったって…だからあんな必死だったんだって。
そんなに俺、鈍そうに見えたんだろうか…
智くんに支えられながら、井の頭線に乗り込んだ。
渋谷から下北に出て、そこから小田急線に乗り換える。
当時はまだ駅舎も古かったから、渋谷も下北も階段を登ったり降りたりしないと小田急線にたどり着けなかったから、結局智くんはずっと俺についてきてくれた。
その道中、俺が座れるように優先席に陣取ってくれたり、人の流れの邪魔にならないように俺を壁側に歩かせてくれたり。
なんだか知らないけど凄く親切にしてもらえて。
だから、知らない人なのになんだか最初から心のガードが上手く働かなかった。
「へえ…大野くんは正社員なんだ」
「ん…もう、親ふたりともいないからさ。大学なんていってらんなくてさ…」
「辞めちゃったの…?」
「…ま、しょうがないよ」
俺は、その時大学に在学中で。
夏休みの間、渋谷でアルバイトに精を出してた。
年が変わらないくらいの人なのに、随分自分と違う人生を歩んでいる智くんに、ちょっと興味が湧いた。