第62章 新・忍びのむに
頭襟(ときん)を付けたまま、無門は板敷きに手をつき頭を下げた。
城と言っても、当時の岡崎は田舎も大田舎。
この後にくる江戸時代は家康の生誕地として大層立派な城があったが、この頃はただの一地方都市である。
山平城で今様の天守もない。
石垣もなければ、土を掘って積んだだけの土塁があるような有様であった。
現在、家康は浜松を本拠としており、この城は重臣である本多氏が所領している。
「よう参った。顔を上げい」
素直に無門が顔を上げると、そこにいたのは痩せぎすの男だった。
「儂が家康じゃ」
「はぁ…」
どうやら本物のようだった。
晩年は肉が付きどっしりとした風貌であったが、四十を目前にした家康は、痩せて目がギョロッと飛び出した精悍な風貌であった。
家康の傍に控えるのは、この城の主の本多重次であった。
こちらは油断なく無門を凝視している。
本来なら無門など目通りが叶う相手ではない。
伊賀で戦った信雄よりも大物だ。
安土にいる信長には敵わないが。
「お主のことは、織田殿より伝え聞いておる」
「はあ…」
ではなぜこのように遇するのか解せない。
無門の命を奪って、織田に差し出せば少しは信長の評価も上がるだろうに。
無門は伊賀者らしくそう思った。