第62章 新・忍びのむに
それから四日後、無門は僧形の者と一緒に三河に入った。
この僧形の者は、名前は潤之介といい家康の雇った雑賀の者であるという。
編笠を被り、長い髪を後ろで束ねている。
墨染の直綴(じきとつ)を纏い、白の脚絆に草鞋を履いている。
いかにも遊行(ゆぎょう)中の托鉢僧な成りだ。
潤之介が僧形であるから、無門はそれに合わせて修験者の格好をしている。
長い髷を解いて肩まで垂らし、背中には大きな葛籠を背負って、それらしく見せている。
「ま、国には暫く帰ってないがね」
この男も、やはり家康に一時的に雇われている乱破者なのだ。
「なんだよ、なんかあったのか?」
ちろっと潤之介は舌を出した。
「色恋で失敗したのさ」
「は、はーん…」
潤之介は色男であった。
僧形なので、傘を被っているがちらりと覗く顔は、道行くおなご共が振り返るほどだ。
若い頃は女に変装して、諸国を渡り歩いたという。
今は、外つ国の男(おのこ)のように厳つい面構えをしているが、かわいい顔をしていたに違いない。
本来は伊賀でいう所の上忍の家柄であるらしい。
それが帰れないとなると、気の毒ではある。
「…無門殿はなんで伊賀を抜けたのだ?」
「…俺も、色恋の失敗というやつだ」
「ふうん?」
潤之介は無邪気に笑うと、ふっと遠い目をした。
「元気かなあ…」
家康は、現在岡崎に居るという。
駆け抜けるように二人は岡崎の城下を目指した。
すでに連絡が行っていたものか、城に着くとすぐに無門と潤之介は家康に目通りが叶った。
城の目立ったぬ一室に入ると、暫く待たされて板戸が開かれた。