第57章 願わくば花の下にて恋死なむ
二人で14号館を出ると、腕時計を見た。
「ん?どうした?」
「ううん…」
胸が、張り裂けそうだった。
だけど…わかってたことだから…
「こっちからいこ?」
いつも家に帰る道とは反対に歩く。
「わぁ…こっちはまだ桜が綺麗だねえ…」
「ね。満開だね…」
さあっと、俺達の間に春の優しい風が吹き抜けた。
桜の花びらが、ふんわりと暗い構内に舞い散った。
「わ…凄い綺麗だ…」
教授は桜が舞い散るのに見惚れてる。
俺はそれを、後ろから心ゆくまで眺めた。
「……潤……?」
あなたは、驚いて振り返った。
「え…?今…」
そのびっくり顔が可愛くて…思わず微笑んだ。
「も、もう…なんだよ…」
照れた顔を見ながら、後ろの桜を指差した。
「あの桜…綺麗だね」
「え…?」
振り返ったあなたの動きが止まった。
「なんで……」
止まっていた時が、動き出したようだった。
「久しぶり…」
「翔…」
二人は、あの桜の木の下で向かい合った。
「迎えに…来た…潤…」
「え…?」
「親が…去年死んだんだ。やっと…」
「嘘…」
「妻とも別れた。今は、東京に戻って就職してる」
あの人は、あなたの肩に手を置いた。
「潤…俺には…俺の人生には、おまえが必要なんだ」
桜の木は…包み込むようにふたりを花びらのヴェールで包み込んだ