第56章 傾城屋わたつみ楼
やっぱり何か事情があるんだよな…
じゃなきゃ、こんな商売してるわけない。
どんな…人生を送ってきたんだろう…
そこまで思って、俺は気づいた。
この人に、惹かれてる
もしかして…惚れたのかな…?
まだ唇も重ねてないのに。
この郭の雰囲気に酔ってるのか…
じりじりと効いてくる甘い毒みたいに、蒼乱の手管に嵌っているのか…
「ひとつだけ教えて…?」
「なんでしょう…」
「蒼乱の本当の名前…」
「それは…」
「お願い…これ以上は聞かないから…」
「…智…」
きゅっと俺の胸元を蒼乱は握った。
「智と…言います…」
「ありがとう…」
蒼乱が顔を上げた。
見上げる目は、潤んでいる。
吸い寄せられるように唇を重ねた。
男とする、初めてのキス
まるで、ファーストキスみたいに震えた
「翔さま…」
ただ重ねただけの唇を離すと、見つめ合った。
瞳が…どこまでも透明で…
とても綺麗だと思った
ふんわりと、蒼乱は微笑んだ。
「あちらへ…参りましょう…」
奥の襖を開けると、そこはまた青い。
だけど、小さな座敷の中央に敷かれた寝具は真っ赤だった。
なんだか艶かしくて、どぎまぎした。