第56章 傾城屋わたつみ楼
「空…みたいだ…」
「え…?」
「この部屋…まるで青空の中に居るみたいだ…」
ふっと蒼乱は笑った。
「皆様…そうおっしゃいます…」
つと、蒼乱は手のひらを天井に向けた。
「でも私には…海の底に思えます」
「海…」
「この郭の名前…わたつみ、海の神と書きます…古事記では綿津見神宮(わたつみのかみのみや)と書いて、龍宮のことを指していたそうですよ」
「じゃあ…蒼乱は乙姫なんだ」
「では…櫻井様は、龍王様ですね」
「浦島太郎なんじゃないの…?」
くすくすと俺の肩に凭れながら、蒼乱が笑う。
やはり、おいらんになる人だ。
江戸時代のおいらんというのは、知識・教養・品格・美貌・床の上手さ…全て揃っていないとなれなかったという。
蒼乱は相当頭がいいと思った。
知識も教養も、俺よりもあると感じた。
今までそんな女性には出会ったことがなかった。
俺よりも頭のいい人はいくらでもいるけど、女性らしさが足りなかったり、教養がなかったり…
会話も弾んだ試しがない。
いや…蒼乱は男だけど…
でも、なんだか嬉しかった。
「翔…って呼んで…?」
「…翔…さま…」
「蒼乱…」
なのに…なんでこんな商売してるんだろ…
「君のこと、聞いてもいい…?」
ゆっくりと蒼乱は首を横に振った。
「ここは…浮世を忘れる場所…私も忘れました…ですから…」
「うん…ごめん…」